BREEZERを立ち上げて40年以上が経ったいま、改めてこれまでの経緯を振り返ってみる。
1977年に私は可能な限り最高の乗り心地の自転車を作ることを志し、以降私はその自転車を世界中に提供してきた。
自転車というのは世の人にとっての最も効率的な移動手段であり、自らが注ぎ込んだエネルギーを余すことなく返してくれるもの。
つまり素晴らしいマシンを常に作り続けるには、貴重な数ペタリングのエネルギーから最良の効果を得ることが最も重要になってくる。
私は長年を通して、最新の素材やお金をかけた自転車が最高の自転車ではないということを発見したんだ。
人間工学に基づくジオメトリ、軽快な乗り心地、余計な力を必要としないステアリングやペダリングのポジションはあなたをぐんぐん前に動かす。
フレームはまるでバネのように振動を吸収してくれることだろう。
幾多のディテール調整と洗練を経て、あなたのための自転車ができあがった。
我々の力の源、すなわちペダリングに正確なデザインが加わったとき、自転車に乗る楽しみが伝わるはずだ。
BREEZERの自転車はまるで内から力が湧いてくるかのように前進してくだろう。
あなたの笑顔が我々のゴールだ。これまでも、そしてこれからも。
1974
JOE BREEZEは、ロード・レースフレームをデザインし、フレームビルディングをはじめる。
1976
史上初のオフロードダウンヒルレース「REPACK」が、10月21日に開催される。10人のライダーが参加し、全員が「klunkers(クランカー)」と呼ばれる1930年-40年代製のSCHWINNを改造した車体を使用した。
1977
世界初のオフロードレース用自転車「BREEZER」を設計し、製作。これをREPACKレースで自らが最初に使用し、見事優勝する。
1978
ジョーはさらに9本のフレームを追加製作。どれもかつて見たことがない素晴らしいものであり、これらは現代のマウンテン・バイクの源流となった。この中の1台は大阪の自転車博物館に展示されている。
1980
ユニクラウンフォークを設計。これは翌年、Kelly FisherのMontareというマウンテンバイクに組み込まれた。さらに「BREEZERシリーズII」を設計し、25台を製作。
1982-85
「シリーズIII」として、さらに多くの台数を設計、製作する。
1983
1986
自身初となるアルミでのマウンテン・バイクを設計する。これは当時アルミの自転車製造に定評のあったミネソタ州のアメリカンバイシクル社にて製造された。
1988
初代Mountain Bike Hall of Fameに選ばれる。他にはMike Sinyard, Gary Fisher, Tom Ritcheyなども選出されている。
1991
「Lightning」、「Thunder」、「Storm」を設計し、BREEZERとしてマウンテンバイクのフルラインをスタートさせる。これらのモデルは当時日本で製造された。
1993
1995
390gの超軽量リム「the Breezer Backdraft rim」を開発。リム内側の余分な部分を除去することで生まれた。
1996
NEXUS内装7段を使用したコミューターバイク「Ignaz X」を発表。そのスタイルと名前はSchwinn Bicyclesの創立者であるIgnaz Schwinnに敬意を表し名付けられた。
1997
1998
カリフォルニア州のマリン郡で提唱される「移動手段としての自転車」という考え方に強い関心を向け始める。
2002
「Transportation for a Healthy Planet- 自転車は健やかな地球のための素晴らしい移動手段である」という考えのもと、ブランドを再出発。ラインナップの全てをコミューターバイクに切り替え再びスタートを切る。
2008
2009
「Uptown 8」がBicycling Magazineで再びBest Commuter Bikeに選ばれる。
2010
2011
2013
2014
2017
40年のキャリアの中で初となるグラベル/ アドベンチャーロード「Inversion」「radar」を新たにリリース。開発のために1年間母国を離れ、経験のすべてをつぎ込んだ製品で新たなマーケットへ挑む。製造工程における熱処理の手順まで一切の妥協をすることなくこだわられたフレームは、かつて自身が作り上げたMTBを連想させる抜群の強度と乗りごごちを形にした。